歯車のきしみ音で始まった
民友新聞が、この地に在る意味を追い
北海民友新聞社・社長 小野 哲
人生で忘れられない思い出はいくつか有るけれど、あの歯車のきしむ音と、そこから出てきた文字の印刷された大きな紙の思い出は、その忘れられない思い出のひとつになっている。
その日は朝から慌ただしかった。祖母はお釜を二つ用意し、ご飯を大量にたいていた。夕方、住宅続きの薄暗い印刷工場でひときわ高い歓声があがり、祖母は「おや、始まったネ」と工場の方に視線をやり、そして「お前も行ってみな」と笑顔を作った。何かと思って工場に行くと、そこに祖父が手をふるわせながら一枚の新聞を手にしている姿をみつけた。工場の人たちは、次々に印刷されてくる大きな紙を手にとりながら「おい、印刷されてるよ」「きれいだなあ」などと言い合って、表情をくずしていた。昭和二十五年十一月三日、北海民友新聞の第1号が完成した日である。
当時、印刷機は初歩的なもので、機械担当者が一枚一枚、紙を手で機械に差し込み、印刷されて出てきた新聞を、また別の人が一枚一枚手で取っていた。三秒に一枚くらいの速度で、紙の差し手と受け手が呼吸を合わせて印刷を行っていた。紙を取り損ねると新聞紙が機械にからんでしまい、元に戻すのに十分以上もかかってしまう。私もこの取り手をずいぶんやらされたものだが、単調な仕事のためついウトウトすると、差し手の職員から「手を挟むぞ。目を見開け」と怒られたものだ。小学生時代の思い出は、この紙取りと、新聞配達をしていて犬に追いかけられた記憶が一番鮮明に蘇ってくる。
新聞機械の音を聞きながら、機械油のニオイに包まれながら、私は高等学校までそんな環境のなかに在った。大学の夏休みも、古い新聞整理を手伝わされ、しかもアルバイトなんていう言葉はなかった。何の報酬もないことを不思議とも思わず、我が幼年時代、青春時代は新聞紙とインクの匂いに囲まれながら過ごすこととなった。
当時の新聞を広げてみると、五十年前の新聞と今発行している新聞とに、半世紀という確かな時間の流れはあるけれど、ある意味では何も変わっていないことに気がつく。新聞記事の表現方法やニュースの組み方などは明確な新旧の差はあれど、記事の内容、ニュースの視点などはまったく変わっていない事に驚かされる。「いい取材をしているなあ」「論点が鋭いなあ、誰が書いた記事だろう」と、現在を凌駕さえする記事内容を見るにつけ「今は社屋も新築したし、デジタル化も進めた。全てが五十年前の面影をなくしているのに、新聞の内容は何ら変わらない。一体我々は半世紀の間何をやってきたのだろう」という疑問さえ湧いてくる。
新聞を製作する過程で、その技法は格段の違いを見せている。しかし、それらはあくまで新聞製作の手段の部分であって、本質はあくまで「どのような内容の新聞を作るか」である。ニュースはあくまで人間の頭脳という“加工場”を通って読者に伝わる。いかに伝達手段が進歩しようとも、新聞製作に携わる人たちの思考回路により取り扱うニュース、内容、そして読者に与えるインパクトが異なってくる。何を伝えたいか、そのために何を取材の対象にするか、どんな紙面にするかーそれが新聞製作のスタート台であり、新聞に生命を吹き込む「核」である。私たち新聞発行の仕事に携わる者は、いつの時代でも実に人間くさい仕事を行ってきたのである。「文明とは距離と時間を短縮し続ける」と言われるが、新聞についても製作工程は目まぐるしく変化し、取材現場から印刷過程まで、時代の先端技術が駆使され、科学的な処理が成され、新聞が出来上がってくる。しかし、それでも紙面から伝わってくるニュース感覚が五十年前の新聞とあまり違って見えないのは、時間の推移と共に手段は変わり我々の環境が大きな変化を遂げ、さらに前に進もうとしている反面、人間の生活そのものは基本的に大きな変化はないと言うことかも知れない。生身の人間の質が変化するものでないことは、当然の事である。
オホーツクの中央に位置する紋別市は、大雪山山系の大きな自然の先端に位置し、その果ては海である。その海オホーツク海は、米国の世界最大の海洋研究所である「ウッズホール海洋研究所」の最近の調査で「オホーツクは、氷河期の姿を今に残す、地球上で唯一の海域」と位置づけされている。山も海も、無垢な自然を今に伝える地球上でも稀な地域と言うことが出来る。そこに位置する紋別市。そして遠・紋地域に生活する九万人の人々。それぞれ縁あってこの地域で人生を送っている。そしてそこに在る地元新聞のテーマは「明日に向かって、地域の人々が意義ある生活を送るために、新聞は何を成すべきか」と言うことであろう。この精神を失い、単なる情報伝達のためにだけに存在するなら、地域にとっての地元新聞は存在意義を失うと信じる。世界は、あり余るほどの情報を提供してくれる。それは新聞社でなくても、誰もが情報を手にすることが出来るようになった。その中での地元新聞社の生命は、それらの情報を背景に、この地に生きる人たち、地域の向上のためにどんな役割を果たすべきかーに在ると信じる。そのために、北海民友新聞社は、社の基本精神を「オホーツクの明日をみつめて」としている。新聞社は、新聞発行に意味があるのではなく、どんな新聞を製作するかーに命があることを再認識し、次へのステップを踏みたい。
北海民友新聞社創立50周年にあたり