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「子供より親の方が弱いのだ。自分が老人になってから、子供に世話になろうなどという図々しい下心は持ち合わせてはいないけれど、家庭では常に子供達のご機嫌ばかりをうかがっている」。作家・太宰治の「桜桃」に出てくる文章である。さらに夫婦の会話で、妻が「お父さんは、お鼻にいちばん汗をおかきになるようね」と言うと、夫は「それじゃあ、お前はどこか?」と聞いた。すると妻は真面目な顔になり「この、お乳とお乳の間に、…涙の谷」と答える▼東京の秋葉原で25歳の男が17人を殺傷する無差別殺人事件が起きた。まったく関係のない市民が、一回限りの命を奪われ、また傷に苦しんでいる。この種の事件が最近多すぎる。外国メディアも世界一安全な国・日本なのに≠ニ事件を報道している▼報道者の行き過ぎと思うが、犯人の父母が記者会見に応じ、深々と謝罪した。何故父母がカメラの前に姿を現さなければならなかったのか、理解に苦しむ。母親は、ひと言も話せず、その場に倒れ込んでしまった▼犯人には「智大」という名前がついていた。子供が生まれると「どんな名前を付けようか」と、親は心と頭を悩ます嬉しい作業≠する。犯人は、名前の通り頭が良く、同級生はもとより、周辺からも将来が期待されていた。彼の環境に何が起きたか知る由(よし)もないが、いかなる事があっても、今回の悲劇は許されるものではない▼記者会見で、地面に崩れ落ちた母は、赤ちゃんの時から成人まで、全身全霊を傾注して彼を育ててきただろう。その年月は、他の母親と同様、汗と涙の連続だっただろう。そしてその汗と涙は、乳房の間を伝い落ちるものだったのではないだろうか。太宰治は明治42年6月19日、青森で生まれている。