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「信用金庫」の一般へのイメージは、地域経済に毛細血管のように行き渡った、身近な銀行・ということだろう。そして「地元信金自身に資金的な困難が生じても、総元締めの、頼りになる信金中金が支援してくれる。だから信金は信頼できる」だった。その神話≠ェ全国的に揺らいでいる▼すでに紋別信金は3月の時点で、今年11月をメドに北見信金と合併することに決まっている。地力経営を目指していたが、頼みの綱・信金中金などから見放され、ついに地域の期待に応えることが出来なかった▼米国発の経済不況で、全国の多くの信金は自己資本比率が低下するなど、経営危機を迎えている。国は公的資金の活用を促しているが、受け皿になるべき信金中金は首をタテに振らない。国からの行政指導を嫌うためだ。この煽(あお)りを受けるのが地域の信金。信金中金自身も有価証券運用で損失を受け、全国の優良信金に、逆に支援を求めている現状。これでは地域の信金は公的資金を導入できない。言わば、一番苦しいときに最も頼りにすべき親分(信金中金)が、自己保身で精一杯と言うわけだ▼信金中金を「核」とする一枚岩の信金業界が、実は危機の時に備えての実力がなかった・と言える。小波には対処できても、大波には抵抗できない脆弱さを露呈したことになる▼しかも信金中金は、昨年に続き今回も、6月をメドに個別信金に約2千億円の出資を要請している。金に困る親が、もっと困っている子供に資金提供を求めるようなものだ。しかも、有価証券の含み損を自己資本に算入しないなどして、資本比率を何とか保ってきた。しかし、それだけ苦境に立っているということだろう。信金神話を再び強固なものにするには、肝心の信金中金の努力が待たれる。