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デスク記事

2009/07/16

 レストランで幼児が激しく泣いている。周囲の人が迷惑そうに、その子の方を振り向く。母親は当惑して、何とかなだめようとするが、さらに泣き続ける。舌打ちする人、鋭い目線を向ける人。この母と子に対して、周囲の空気は冷たい▼まだ言葉を覚えていない数ヶ月の幼児は、泣くことでしか意志を伝えることが出来ない。ついに母親は子供を抱き上げて、食事の途中で退席した。静かな時間が戻り、大人たちは何事もなかったように料理を楽しむ。身勝手な大人が幼児以下になる瞬間だ▼また、こんなケースもある。時には母親が「泣くんでない」「静かにしなさい」と大きな声で幼児を叱りつける光景も目にする。幼児にすれば、一番甘えられる母親に、伝えたいことを伝えられず、怒られる苦痛のまっただ中に置かれることになる。不安の絶頂だろう▼子供が2人の、当社の女性記者が居た。アパートの2階に住んでいたが、子供が走ったり、音を立てる度に、下の住人から文句が出る。いつも指を口にして「シーッ」と子供にサインを送るようになった。それでも子供は音を立てる。当然だ。それが子供なのだから▼子供は親だけでなく、社会全体が見守って育てなければならない。それが明日の日本を作り、特に少子高齢化の時代、文句を言った人が、やがて若者に支えられるのだ。幼児を通り越して大人になった人は一人も居ない。子供たちに温かい視線を送れない大人ほど、自分勝手な存在はない▼女性記者は紋別に居る間、3度も住居を変えた。追われ追われの紋別生活だった。安息の場であるはずの自宅が、最も神経の張る場になった。子供たちの顔から生気が失われた。子供の教育を考え、一家は泣く泣く転出していった。