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デスク記事

2009/09/10

 海外の巨大プロジェクト、あるいは海外に進出する企業に対し、融資の後押しをする、独立行政法人の方(理事)と7日にお会いする機会があった。現在、大きな改革が求められる霞ヶ関の体質について、彼は「確かに官僚の間には、長い間に培われた、慣れによる安易な資金の使い方もあると思います。しかし殆どの職員の志は高く、国家公務員としての使命感は強い」と語ってくれた▼しかし「それなら何故、誰の目にも明らかな無駄、我田引水の予算の使い方がまかり通るのか。殆どの職員の志が高ければ、間違った方向を修正する知恵こそ、発揮されるべきではないか」と質問した▼彼は「言われればその通りなのですが、一番の要因は、政治家が行うべき仕事さえ官僚にまかせてしまう事だと思います。従って、職員の仕事量は膨大にふくれあがり、全てに渡っての緻密な仕事が出来なくなってしまいます。中には政治家と馴れ合いになってしまう方も居ると思います。それが続くことにより官僚主導の政治≠ノなってしまうのでしょう」と話してくれた▼彼は「しかし、これだけは信じてください。いわゆる霞ヶ関の公務員は、国家の仕事に携わる誇りと志を、みんなが持ち合わせています。決して腐敗している訳ではありません。政治家と官僚が、それぞれの分野を当たり前のように受け持てば、軌道は修正されるでしょう」と語る▼彼は、誠実に話してくれたと思う。そして私が「官僚たちの心に頭の良い自分たちが国を動かしている。国民はそれに従えば良い≠ニいう、おごりはないかどうか」と聞くと、彼は「そういう部分が無意識のうちにあるとするなら、とんでもない妄想(もうそう)。今後なおして行かなければならない」と真摯に応えてくれた。