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デスク記事

2009/10/14

 アメリカ・オバマ大統領へのノーベル・平和賞が決まった。これに対して米国内でもいろいろな議論が沸いている。「早すぎる」「核廃絶に具体的な成果が出ていない中での受賞は疑問」など。「これでノーベル賞の信頼は地に落ちた」などの厳しい声も。果たしてそうなのだろうか▼人類は今、科学技術を基礎として高度な文明社会を築き上げた。しかし人類最悪の兵器核≠煌g散を続け、核兵器の恐怖は増大している。どこかでボタンの掛け違いが生じれば、核が核を洗う、人類末期のシナリオさえ想定されるのである。核への潜在的脅威は、核保有国も非保有国も、全てに及んでいる。これでは真の平和は訪れない。だから核なき世界は人類の悲願であり、誰もがそこへ少しでも近づくことを願っている▼オバマ大統領が今年の4月、プラハで「核のない世界へ」の演説を行い、そして国連では「米国が核廃絶の中心的役割を果たしたい」と宣言した。これに関連してチェコとポーランドへのミサイル配備計画を見直し、これを歓迎するロシアも短距離ミサイルの配備を中止した▼今の世界は、核拡散、核関連施設、核兵器の製造に神経を尖らせている。今核廃絶に向かわなければ、その先に悲劇的な結末が待っていることを、全ての人が知っている。だから、オバマ大統領の核廃絶に向けての具体的な行動が、あるいは人類の「核なき世界」への歴史的な一歩になるかも知れない▼核の拡散へ猛進していた世界が、ようやく具体的な核廃絶への道を歩み始めた。それは人類の悲願に向ける一歩ではないだろうか。困難なことは充分承知。しかし一歩の接近が、これ程待たれたことはない。そう考えれば、オバマ大統領へのノーベル平和賞の意義はあるのではないか。