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人はこれ程に、自分の生き方を高尚に出来るものものなのか−心底そう考えさせられた。3日、札幌で京セラ名誉会長の稲森和夫氏の講演を聴く機会があった。日本をリードする超一流の経済人の稲森氏。しかし実像は果てしなく謙虚で誠実な方である。常に心していることは「自分の企業が人様のためになっているかどうか」だと言う▼バブル後の経済不況の中で、稲森氏は従業員の給与、ボーナスを労組との話し合いの中でカットしたことがある。労組上部団体から「カットはおかしい」と激しい抵抗があった時、京セラの組合は「我々は企業の決定に同意している。それがダメなら組合から脱退する」と言ったという。労使の見事な信頼関係である▼第二電電(現在のKDDI)を立ち上げたのは、NTTの独占は国民のためにならないと考え、通信の自由化に伴い思い立った。その時稲森氏は「国民のためと言いながら、少しでも私欲が入っていないかどうか。」と、毎日自問自答したという。私欲のないことを確信し、事業に踏み切ったという▼「他を思いやることが、自分の力を越えた大きな力を得ることが出来る」と、利己ではなく利他を常に企業経営の中心に据えてきた。そして「私は決して企業人としての知識も何もなく、非常に小心な男。だから、不況の時でも経営が成り立つように、生産を高め支出を減らし、内部留保を高めた。それだけのことです」とサラリと言う▼近寄って話しかけても、稲森氏から威圧感は受けない。少し微笑んで、相手の目を見て優しく受け答えする。押しつけがましい話は決してしない。本当にまじめに、誠意を感じさせる会話をなさる。誰かが「松下幸之助を想起させる」と言う。貴重な人物に会えた幸運を喜んだ。