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タイは「微笑みの国」と言われる。数年前訪れる機会があった。首都バンコクでも、17世紀に日本人の山田長政が傭兵隊長として名を馳せ、日本人町も形成された古都アユタヤでも、人々の表情には微笑みが浮かんでいた。丁寧なあいさつ、柔らかな言葉、訪問者にとっては実に心地よい国である▼そのタイで、激しい反政府デモが続いている。元タクシン首相を支持する民衆が、現首相の独裁体制を崩壊させるまで、命を失ってもデモを続けるという激しさ。首都バンコクが10万人以上の民衆のデモで揺れ、それが一ヶ月も続いている▼2008年にも大規模な反政府デモがあった。その時はバンコク国際空港を始め、観光客で有名なプーケットなど3つの空港が閉鎖された。家庭の奥さんも加わっての、命がけのデモが続けられ、体制側が敗北した▼微笑みが怒りの表情に変わるとき、タイ国民は命がけの行動を起こし、中途半端な妥協は決してしない。政府が倒れるか、争乱が長引くか。どちらかの一つである。そして、一定の結果が出ると、タイ国民は何事もなかったように微笑みの国になる。その劇的な変化は見事である▼国が乱れる現象は悲しむが、強い政治意識を持ち、一人一人の力が国を動かす大きな力になっているタイを見るにつけ、我が日本人の不思議な落ち着き方に、少々不安を覚える。政治と国民の心がこれ程離れて何年経つだろうか▼失われた10年が、やがて失われた20年になろうとしている。しかし日本は表面上、何も変わらず粛々とした国民生活が続いている。それだけ安定した国になっているのなら良いが、内容は決してそうではない。それなのに国民は、政治ショーにいつまでも付き合っている。かつての激しさはどこへ行ったのか。