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「その昔、日本の漁船も韓国の漁船も、波に任せて漁をしていた。時には相手側の海域に入ったけれど、それはお互い様。何も言わなかったし、暗黙の了解ごとだった。それで良いではないか」。今年5月、韓国の晋州(じんじゅう)市を訪れた時、ある長老は私にそう語った。彼は晋州市のリーダーの一人で、日本語も堪能な、思慮深い方である▼晋州市と言えば、豊臣秀吉が朝鮮半島の制圧を目指した主戦場である。多大な犠牲者を出した晋州城の外壁が今に残り、その中に博物館がある。韓国人にとって、忘れられない日本の侵略の歴史が綴(つづ)られている▼竹島(韓国では独島)をめぐって、良好だった日韓関係に亀裂が生じている。教科書の指導要領に竹島を記載したのが原因である。日本の旗が焼かれ、激しい抗議行動が続いている。それまで韓国は「実効支配」という表現をし、交渉の余地を残していたが、今回のことで駐在大使を召還し、今後、島には定住者を置き、軍隊による警備の強化をはかるという▼小さな、小さな岩礁である。それをめぐっての主張のぶつかり合い。日本人は「何故韓国人は、それほどに激しい行動をとるのか」と言う。しかし我々が忘れてはならないのは、過去、日本人が朝鮮半島でやってきた史実である。未来志向で共存共栄を≠ニいう言葉は共通だが、侵略された側の心の在り様は別物だ▼長老が表現するように、竹島を日韓共有の島とし、平和の象徴に出来ないものだろうか。互いに主張し合い、危険な状況を作る事は決して両国の利益にならない。日本が正当性を主張しても、相手も自国の論理が正当と考えている。竹島に寄せる波や風のように、両国の友好が行き交う場にしてはいかがか。