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デスク記事

2010/06/30

 メソポタミアに生まれた人類最古のシュメール文字は紀元前2700年頃にはすでに完成の域に達していたという。粘土板に、葦(アシ)をペン代わりに刻みつける絵文字は、生活の中から発展したものだ。自己の意志を伝え、記録に残すための文字は、古代も今の私たちも同一である▼紋別市書道連盟書道展を拝見した。書の心得のない私でも、全ての書から、作品に向かう作者の真摯な姿が浮かび上がるのを感じた。集中し、筆を走らせる一連の動きには清涼感があり、それら文字の組み合わせは人の道を教えてくれる。見る人の心を素直にさせるものが、書にあることを感じた▼同じ日、紋別市華道連盟の、60周年記念いけ花展を拝見した。「書」に感じた凛とした空気感が、ここでも共通していた。活ける方の、花に寄せる真っ直ぐな心が作品に生命を吹き込んでいるのを感じた。橘岑子会長が「お花を通して、命の尊さを伝えております」と言う通り、会場には幼稚園児、小学生の作品も数多く出展されていた▼「お花の活け方を厳しく教えることより、花に命のあることを伝えると、子供たちは真剣に聞き、理解してくれます。子供たちの作品に優しさが生まれ、子供たちの表情も穏やかになるのです」と言う。植物は生きているからやがて枯れる。その間に自分たちが手を添え、さらに命に輝きを与える事が出来れば、子供たちの心もまた輝くのだろう▼書道も華道も「道」がつく。技術を高めるための修練は勿論必要だが、より求められるのは精神的な修養だろう。今の時代は時間、人、仕事、社会での役割など、追われる事があまりにも多い。追われ続けると、時々自己の立ち位置が分からなくなる。自己に返り、心を集中させることの大切さを、2つの展示会に見た。