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「徒然草」で有名な吉田兼好は知識人としても知られ、武家や貴族との交流も深い、鎌倉末期に活躍した歌人である。幕府の実力者である高師直という人物が兼好の文才を見込んで、恋文を代筆させた。師直は他人の妻に横恋慕していたが、その気持ちを書かせたのである▼結果は大失敗。師直は「役に立たぬ奴だ。もう兼好を屋敷に入れるな」と怒ったという逸話がある。原因が自分にあることを省(かえり)みず、望みが叶えられなかった事を兼好の文章が悪かったから・と思うところに、権力者の身勝手さがあるようだ▼何も恋文に限ったことではないが、自分の思い、心情を相手の心に伝えようとすれば、本来は他人の入る隙間はない。下手でも良いから、他の誰もが分からない自分自身の思いを文章にするしかないのだ。小手先の手法では相手の心を捉えることは出来ない▼各種会合で、来賓などが挨拶を依頼され、原稿を読む場面が良くある。読み間違えたり、時には読めない漢字が出てきて、立ち往生する場面もある。これでは人の心を打つことは出来ない。いくら文章の上手な人に原稿を依頼しても、絶対に本人以上のことは伝えられない。どうしても儀礼的になってしまう▼公職に就いている人などは原稿を書く時間がないかも知れないが、そんな時でも大体の筋書きを頭に入れ、自分の言葉で述べるべきだ。スラスラと言えなくても、ひと言ひと言に誠意が込められ、必ず相手に、そして周囲の人にも伝わるだろう▼「言の葉の道」とは、和歌の道、歌道という意味もある。「道」=どう=と名の付くものには、作法があり、修練を伴う。言葉には、それ程の重い役目があり、慎重に対応すべきもの。決して他に依頼すべきものではない。