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南が丘町のグリーンベルト公園を散歩していると、一人のご婦人が樹から木の実を採っていた。赤黒い、長方形の実は桑(クワ)の実だった。「焼酎漬けにすると身体にいいんだよ。毎年多くの人がこの樹から実を採って、楽しんでいるよ」と教えてくれた▼時々散歩するこの道。しかし一本の桑の木があることに、今まで気がつかなかった。紋別にも以前は自生していた樹で、花園町2丁目、そして紋別公園の旧図書館の下あたりに、枝にたわわに実をつけていた。少年時代、おやつもあまりなかった時期に、私は友達と一緒に桑の実やオンコの実、グミなどを、家の人の許可をもらって採らせてもらった。そんな事が思い出される▼口に含むと甘酸っぱい香り。それは幼年時代の長野県岡谷市での記憶につながっていった。私が5歳の時父は結核を患い32歳で、姉は急性肺炎で7歳で死去した。父はよく桑の実を口にし「栄養があって、この病気には効くんだ」と言っていた。姉は私を近所の桑畑に連れて行き「ホラ良い味がするでしょ」と、一粒一粒口に入れてくれた▼以前、桑の木は養蚕(ようさん)が盛んだったころ、国内ではどこでも見られる樹だった。葉などがカイコのエサとして使われたためだ。現在では生糸産業の衰退と共に桑の木も少なくなってしまった。それでも本州では、以前の養蚕地に、そのまま桑の森が残っているところも見受けられる▼最近、桑の木は郷愁を呼ぶ果実として注目されているという。それは田園風景を代表するような樹だからではないだろうか。私にとっての桑の木は、夕景の中に黒いシルエットになって佇(たたず)む樹だ。姉や近所の子供達と一緒に、桑の木のそばで遅くまで遊んだ、そんな記憶につながるためだろうか。