←前へ ↑一覧へ 次へ→

デスク記事

2008/08/02

 「職場がおもしろくない」「世の中がつまらない」「人間関係がうまくゆかない」。こんなことは誰にもある。秋葉原の繁華街を、ナイフを手にして無差別殺人をした男、八王子のデパート書籍売り場で、アルバイトの女子大生を刺殺し、もう一人に傷を負わせた男。親を、教師を、市役所で相談中の市民を…。あまりにも連続する傷害事件。しかも多くの場合動機は単純。「むしゃくしゃしてた。誰でも良かった」。甘ったれるのもいい加減にしろ。世の中には、もっともっと厳しい環境に置かれている人はいくらでも居る。それでもみんな真剣に生きているのだ▼共通しているのは、その無機質な表情、身勝手な理由。命の尊さなど微塵(みじん)も感じていない言動である。しかし、ここで考えなければならないのは、特に都会に行くと、彼等にとてもよく似た若者を多く見る。無気力、無関心、無責任を絵に描いたような、焦点の定まらない視線をした若者だ。刹那(せつな)に生き、他への関心は極めて薄い▼要因は多々ある。家庭教育が弱体化し、学校教育は崩壊に瀕している。教師の権威は地に落ち、父母は身勝手な要求を学校にぶつける。いわゆる「モンスター・ペアレント」。口先だけ尖らせて、自己の成すべきことを省みない。残念ながら、肝心の教師が不正な手段で教壇に立ち、行政や議員もそれに荷担する。救いようのない悪の連鎖≠ナある▼しかし世の中がどうであろうと、周辺がいくら醜悪であろうと、自己はあくまで自己でしかない。汚濁の世の中であっても、自分を律し、気高く生きることこそ、今、最も必要なのではないか。表面の悪を見つめず、人間の心に潜在する正義を見るべきだ。不満を他のせいにする愚かさを、先ず知るべきなのだ。