デスク記事
稚内に滞在した夜、夕食をとるため一人で港近くの居酒屋に入った。水を持ってきてくれたウエイターに、まず生ビールを注文。好きなブランドを告げると「ありません」のひと言。「では何がありますか」と聞くと「サッポロ」と、これまたひと言。そういえば、水を持ってきた時も、何も言わず、ポンと置いていっただけ。他の客の注文を聞くときも同じだ▼食事に、焼いたホッケの開きとご飯にみそ汁を注文したときも、彼は黙って注文を聞き、そのまま立ち去った。顔を見れば無精ひげの硬い表情。決して今風のイケメン≠ニは縁遠い。客を客扱いしていないように見受けられる。あまり感じ良くない▼それでもビールは旨い。その味を楽しみながら、何気なくカウンター近くに居る彼≠見ると、彼は一つの方向を見ていた。視線の先には赤ちゃんを抱いた若いご両親。楽しく食事をしていた。それを見つめる彼≠フは表情は、先ほどまでとは別の、ほころんだ表情は優しさに満ちていた▼私の注文が運ばれてきた。相変わらずの無表情。「子供がお好きなんですねえ」と話しかけると、彼は一瞬驚いた表情で「えっ、どうしてですか」と言うので、先ほどからの事を話すと、彼は途端に笑顔を見せ「ええ、子供を見ていると心が安まるのです。仕事を忘れてしまいそうで…いけませんねえ」と、また無邪気な笑顔▼「どうも客商売には向いていないようで…すぐ緊張してしまって」と言う。その時の彼は、今まで見せなかった柔らかな表情。私は、彼なりに仕事に慣れよう≠ニ努力しているのだと思った。そして人を表面的なことで判断してしまった自分を反省した。彼はきっと、とても心優しい人で、少し不器用なだけ。ホッケはとても美味しかった。