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デスク記事

2010/09/16

 ギリシャ神話「イカロス」の物語を、フッと思い出した。ラビュリンス(迷宮)を創り上げた緻密な建築家ダイダロスが、ある時ミノス王の怒りを受け、息子のイカロスと共に塔に幽閉される。その塔から脱出するため鳥の羽を集め、翼を造り塔から飛び立った。その時父はイカロスに「空の中程を飛ぶのだ。低く飛ぶと霧に邪魔され、高く飛ぶと太陽の熱で、羽が溶けてしまう」と言う。しかしイカロスは父の忠告を忘れて空高く舞い上がり、羽をとめていた蝋(ろう)が溶けて海原に落下する▼27歳の若さで衆議に当選し、以来田中角栄、金丸信氏の元で自民党を動かしてきた小沢一郎氏が、やがて新政党、新進党、自由党を結成し、民主党に移った。剛腕、壊し屋などと呼ばれ、表に立たず陰の実力者としてのイメージが強かったが、それに陰りが見えたのが自民党の福田総理との大連立が失敗した時だ。それまでの小沢氏なら、民主党に留まらず別行動を取っただろう▼政治資金を背景にした数の理論、政治権力が支配する時代は去った。小沢氏が今回の民主党代表選挙に立候補したのは、追いつめられた政治家の「選択なき果て」のような気がする。小沢氏が今回ほど生身≠フ姿を国民の前にさらけ出した時はない。それは彼の本意ではなかったはずだ▼政治という魔界のような世界で、陰から影響力を発揮できた今までとは異なり、頂点に居なければ存在感を保てなくなった小沢氏の、切羽詰まった代表選だった。中空に居て、単なる一兵卒では満足できない小沢氏が、政治と金という、自らの身に傷を負いながら空の高みに向かって舞い立ち、予想以上の国民の厳しく熱い視線を受け飛ぶ羽を失った。政治家生命を賭けた戦いに敗れた姿は、イカロスの姿に重なって見える。