←前へ ↑一覧へ 次へ→

デスク記事

2010/09/19

 コムケ原生花園は、もうすっかり秋のたたずまいだ。色彩的には薄茶色=B落日が、湖面を鮮やかな朱色に染める。海岸に寄せる波も、夏の間の柔らかさが消え、硬質的な音が一層静かさを演出する。突然、目の前の葦(あし)の原が揺れ、サーッと吹きつける風が、葦を分け、風の通り道を示す▼野の草を吹き分ける風のことを「野分け」という。源氏物語にも「野分けだちて、にわかに肌寒き夕暮れ…」という表現がある。その光景が目に浮かぶような、寂寥感を伴った表現で、いかにも秋を感じさせる文章である。コムケ湖の秋もまた、その静けさゆえに、野を分けて遠ざかる風の姿が見えるようである▼「秋きぬと、目にはさやかに見えねども、風の音にぞ驚かれぬる」
 平安初期の歌人「藤原敏行」の有名な句である。秋の訪れは見た目にははっきりしないが、吹く風に、その気配を感じ取ることが出来るという意味。やはり最初の秋は、風が運んでくるのだろうか▼ではオホーツクの秋の訪れは何から感じ取れるのだろう。道の両側に植えられているナナカマドの木は、夏の終わり頃から葉が色づき始める。そして秋の入り口で、その実を赤く染め、人々に秋の訪れを告げているようだ。高い空のスジ状の、箒(ほうき)で掃いたような雲もまた、秋の訪れを告げてくれる▼暑かった夏。しかし「つるべ落としの秋」という表現があるように、オホーツクの秋は一気に訪れ、そして短く去ってゆき、その後にすぐ長い冬が控えている。夏から秋への切り返しの今の季節。大気は澄み渡り、深呼吸すれば少しヒンヤリした、しかしおいしい空気が胸一杯に広がる。こんな幸せな思いが出来る地域は、日本列島で案外少ないのかもしれない。