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13年前の平成7年に起きた「阪神淡路大震災」の、発生後に神戸に行った。神戸新聞社を通して紋別市民からの見舞金を届けるためだった。6434人が死亡し、4万3792人の重軽傷者を出した大都会の震災。その惨状は、目を覆うばかりだった▼編集長から聞いた中で印象的だったこと。それは「この大惨事の中、私達の心が救われたのは、被災者が深い悲しみの中でも、実に冷静に、整然と行動したことです。いち早く駆けつけてくれたボランティア、難を逃れた住民、みんなが一体になって、その瞬間から立ち上がっていました。生まれた連帯感、悲しみの共有、心からの言葉、行動。それらが被災者の心を平静に戻しました。日本人の潜在的な理性が顕著に現れていました」▼2004年10月の中越地震の時もそうだった。68人の人命が奪われ、山古志村など地域が全壊した中で、被災者の冷静な行動が特に目立っていた。あの不自由な状況の中で、被災者の口からは、不満どころか、感謝の言葉がすら出て、復興に一体となった姿が思い出される▼中国の崔中日大使が、中越地震で被災した長岡市の視察を行った。四川大地震の復興対策の参考にするためだ。四川大地震の悲劇は、その規模の大きさだけでなく、学校の耐震構造問題など、被災者の間には「人災」という強い意識があることだ。なお余震が続き、堰き止め池の決壊など不安な毎日が続いているが、望みたいのは冷静な行動である▼日本とは事情が違うかも知れないが、親子、肉親の命が奪われ、その後の生活に大きな課題を抱えていることは、みんな共通なのである。被災者同士互いを思いやり、悲しみと困難を共有し、礼節と勇気をもって次のステップを踏み出す事こそ、今一番大切なのではないだろうか。