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デスク記事

2011/02/24

 「幸せなら、手を叩いて居場所を知らせる必要なんかない。幸せならヒッソリかくれていればいいんだ」。作家・寺山修司の「ああ、荒野」に出てくる一文である。随分以前に読んで、若い二人の青年が、壮絶な生き方の末の、死を賭けた最後の選択に心が震えた▼次元を異にするが、ニュージーランドで起きた大地震で、語学研修で滞在していた富山の専門学校生が倒壊した建物に取り残されるなど、多数の日本人が行方不明になっている▼携帯電話で「SOS」のサインを送り、または「息が出来ない。苦しい」のメールも打たれた。幸い救出された人も居るが、取り残された学生の生存は厳しい状況だと言う。ほかに連絡が取れない旅行者も多く、クライストチャーチという、世界でも住みやすい憧れの都市の、その中心市街地で起きた惨事だ▼人口約37万人。地元の人も観光旅行者も、またはビジネスマンも語学研修生も、地震の起きる寸前までは自分の居場所を必死になって知らせる必要もなく、語り合い、仕事をし、昼食を楽しんで居ただろう。一瞬の後、それぞれが家族に、会社に、友人に、自分の居場所を発信した。それが出来なかった人も多い▼携帯電話の電池が切れ、外部との連絡手段を失い、絶望感に陥った人も居るだろうし、救けを求める声が届かない方も居るだろう。暗い瓦礫の下で、余震に怯えながら救いを待つ人たち。一つの合図が命を救うかもしれない。本当に、何もなければそんな合図は要らないのだ。厳しい状況にある被災者の、無事の帰還を祈りたい。