デスク記事
函館の近くの七飯町から夜、電話があった。それは私の中学時代の恩師S先生の家からだった。「夫が死去致しまして、本日初七日を済ませました。もっと早くとも思いましたが、遠くですから、ご迷惑をおかけすると思いまして…」と、沈んだ声。聞くと、突然の脳梗塞で、あっけなく去っていったという▼元気いっぱいの人だった。70後半になっても髪は黒々とし、足腰も強く、話し口調も若々しく、教え子達は「先生は歳はとっても永遠の青年」と話し合い、その死が信じられなかった。スポーツマンで、オール紋別の野球チームのショートを守っていた▼当時の教師の中にはお酒で物議をかもす先生も居た。お金の面で修学旅行に行けない友達のため、私たちは呼び掛け合って空き瓶回収をして、何とか資金を集めた。もう時効になったが、そのお金が酒に変わったようだ。私は義憤を感じた。生徒総会でそれを発表した▼教師を告発するという大それたことに、前夜作った原稿を持つ手が震えた。うまく伝えられなかったが、その瞬間生徒総会は流会になった。担任のS先生は「よくやった。勇気ある発表だった」と、笑顔で私の肩を叩いてくれた。あの感触が今でも忘れられない▼5年前、3年D組のクラス会に先生を招待した。私は七飯町の家まで行った。「全権大使で来ました。先生がウンと言ってくれなければ、みんなに叱られます」と。奥様と一緒に紋別に来られたS先生は「教師冥利に尽きます」と言ってくれた。青年のような目に涙が光っていた。