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季節は、その変わり目に香りを漂わせるようだ。春から夏、風は次第に乾燥し、土の香りを乗せてくる。夏から秋、枯れてゆく香(こう)ばしい葉の香り。秋から冬、少し鋭利な風が、しめった雪の香りを運ぶ。そして冬から春、芽吹く準備をしている植物の香りが漂ってくるようだ▼オホーツクの冬は雪と流氷と、寒気が全てを包み込む白一色の世界。しかし春分の日(3月21日)を過ぎると、日差しに優しさが感じられる。それまで肌を刺すような感覚の風にも、どこか柔らかさが感じられる。庭のバラの木をよく見ると、枝には小さな芽が点々とついている▼きっと雪の下で芽吹く準備をしていたのだろう。春の日差しを敏感に感じ取り、そっと外界の様子を伺(うかが)っているようだ。それだけ春の訪れを心待ちにしていたようだ。それら植物に「少し早いよ。まだ吹雪く日もきっとあるから」と言いたいところだが「今年は春が早いようだ。もう吹雪はないのでは…」と思いたくもなる▼しかし、一抹の淋しさもある。以前の紋別なら、野山はタンポポで真っ黄色に変わり、少し経つとタンポポの綿毛がマチ中を飛び交っていた。道路ワキの草むらでさえ、タンポポや紫色のエゾエンゴサク、自然に咲いた水仙などで色彩が豊かだった▼春を告げる福寿草は、紋別公園の至る所で見られた。花を咲かせる前の、つぼみの福寿草を見つけるのは難しく、それを採って来て周囲に自慢げに見せたものだ。山肌の湿った土の匂いと、福寿草のかすかな香りは、その後の春爛漫の色彩を予感させた。