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デスク記事

2008/09/03

 昨年9月25日に行われた総理大臣指名選挙で、衆議院では福田康夫氏、参議院では小沢一郎氏が指名された。衆議の議決が優先されることから福田総理が誕生した。スタート時からネジレ国会≠フ荒波を航海する難しくも神経のスリ減る舵取りを余儀なくされた▼自ら「背水の陣内閣」と言い、一歩でも間違えば政権を失う覚悟を持っての船出だった。1年に満たない就任期間だったが、その時系列を見れば実に多くの政治課題があった。内政では就任早々、民主党代表小沢一郎氏との大連立構想の挫折、道路特定財源の一般財源化、消費者庁創設の指示、ハンセン病患者の隔離政策見直し、先延ばしなき財政再建の提唱などなど▼対外的には自衛隊のインド洋派遣の「新テロ特措法」成立、日米同盟の強化、日中関係の改善、ASEAN共同体への支持、気候変動への対応、そして洞爺湖サミットでの議長、さらに台湾独立運動について日本の独自の配慮、コソボ地位問題、ミヤンマーのサイクロン発生で、福田カラーを強く出した緊急支援、北京五輪での中国人の応援の仕方に苦言を呈するなど、外交でも個性ある姿勢を貫いた。外交が苦手な日本の政治家の中にあって、福田氏総理は個性を発揮し、海外からは高く評価されている▼以前とは異なり、今の世界はスピードが早い。過去のどの政治家よりも、時間単位の仕事量は多く、それなりの成果を挙げてきた。その福田氏がこうも軽んじられるのは、彼の地味な個性もあるだろうが、与野党間の党利党略による異常な国会運営、国民の受け狙いや、批判することしか脳のない軽率な議員にも起因する。それに翻弄されての支持率など、これほどいい加減で無責任なものはない。野次馬の域を脱していない国民も反省すべき時だ。