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昆虫の細密画で世界的に知られ、一昨年98歳で死去した熊田千佳慕(くまたちかぼ)さんは、生前こう言っていた。「虫けらなどと言ってはいけない。小さな昆虫にも、人間と同じく小さな命がある。大切にしなければ」と▼国際大会で、熊田さんはいつも「熊田の絵は生きている」と言われた。その細密画は、徹底した昆虫観察から来ている。地面に這いつくばい、一日の多くを観察に費やした。熊田さんは自分のことを「私は虫です」と言い、虫の気持ちになって絵を描き続けた。「私の絵が生きていると言われるのは、私が虫になって今、生きているから」と語っていた▼我が家の食卓にシラスが原料の「ちりめんじゃこ」があった。大根おろしと醤油で食べると食が進む。東日本大震災で、産地のシラスが放射能の汚染を受けているという理由で、買い手がつかず、行き場がなくなった。ちりめんじゃこも、品薄になるのだろうか▼食卓のちりめんじゃこを良く観察した。熊田氏ほどではないが、良く見ると、今まではノッペラとして透明な小魚と思っていたが、目も、背骨も、内蔵もきちんと備わっている。当たり前だ。成長すればイワシ、イカナゴなど立派な魚になるのだから▼身体が白いのは、これから成長する前段階で、骨も柔らかい。生きているシラスを調味料にくぐらせ、そのまま食べる「躍り食い」も、地域によっては一般的だという。せっかく命を得て生まれてきたのに…とも思う。熊田さんが生きていたら何と言うだろう。「小さな命。でも、貴方と同じ大切な命ですよ」だろうか。