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デスク記事

2011/05/26

 美しく、純粋な心がこもっている言葉は「さよなら」だと思う。中国語で「ツァイチェン」=再見=。ロシア語で「ダスビダーニア」。英語で「フェアウェル」。ドイツ語では「アウフヴィーダーゼーエン」等々▼これらの言葉を使うときは、またいつ会えるか分からない場合が多い。英語でも別れの言葉は約20の表現があるが「フェアウェル」は、遠い別れの時に使う。ヘミングウエイの代表作「武器よさらば」は「フェアウエル・トゥー・アーム」と表現されている▼これらの言葉には独特の響きがあるように思われる。淋しさ、尽きない名残り、切なさなど、どこか人間の五感に訴える感情の波紋みたいなものがあるようだ。人それぞれの情景で「さよなら」は個々の心に千差万別に伝わる▼過日、私は今までで最も心を動かされる「さよなら」を体験した。今回の大震災で被災し、瓦礫の中に佇(たたず)んでいる一人の少女。細かな粉塵(ふんじん)が風に舞うなか、少しずつ歩を進め、足元を見つめていた▼「何をしているのですか?」と聞くと、少女は静かな声で「家族の思い出の品がないかと思って…」。毎日来ているのだという。そして私の腕章を見て「新聞社の方ですか」。私は「オホーツクから来ました」と答え「お元気で」と言い、その場を去ろうとした。彼女は視線を足元に戻しながら、小さな声で「ありがとう。さよなら」と言ってくれた。廃墟に響く言葉だった。家族にいつ会えるか分からない、悲しい「さよなら」にも思えた。