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デスク記事

2011/09/21

 「紋別は暗いねえ」−バイクで全国を回っている鹿児島の旅人が、そう言ったという。市内でスナックを経営している女将の話だ。その旅人は食事をした店の紹介で、このスナックの客となった。客は続けてこう言った。「食事に入った店のご主人は寡黙(かもく)だった」という。そして、入ったスナックでも「特に歓迎された様子はない」と。そこで暗い≠ニいう言葉が口から出たのだろう▼女将はこう応えた。「そうですか、食事をされた店は私の知人でして、口数は少ない方ですが、彼は料理の職人なのです。一心に料理を作り、お客さんに提供している方です」と。すると客は「そう言えば、料理は確かに素晴らしかった。味もとても良かった。そうだよなあ、表面的な愛想が良くても、味が悪ければどうにもならん。そうか、彼は料理の命である味≠ナもてなしてくれたのだ」と納得した様子だったという▼旅人はそのスナックで、女将としばらく話し合った。ホテルを持つ彼は、経営の参考にするため各地を回っている。女将と話し合っているうちに、彼の心に別な感情が沸いてきた。「そうか、私は心のどこかに特別なもてなしを期待していた。それは、遠くから来た旅人の勝手な思い。自分の方に気負いがあった」と▼随分長い間、彼はそのスナックで女将と紋別のこと、鹿児島のことなどを話し合い、楽しい時間を持った。最初に来た時の「紋別は暗い」と言った時の表情は消え「オホーツクの最高の味も、人と知り合う喜びも知った」と、静かにスナックを後にした。