デスク記事
朝日新聞に、こんな記事が載っていた。宮崎県延岡市の主婦が、ガンで入院した夫の心を癒したいと絵を描き始め、やがて作品がたまり個展を開いた。闘病する夫のつらさ、夫を気遣う自分の苦悩を表現した。「病気で悩む多くの人に少しでも勇気を持ってもらえたら」と▼英会話の講師の仕事をやめ、ひたすら看病に当たった。絵は若い頃に独学で始め、県の美術展に出品したこともあった。妻の作品を病床の夫は喜び、会話も増えた。何よりも、絵を描きながら、夫と一緒になって闘病する勇気が湧いてきた。作品には「祈り」「希望」「感謝」などの題がつけられた▼民友新聞社の絵画展が経済センターで開かれている。初日、杖をついたご高齢のご婦人が、3階の会場まで足を運んでくれた。階段を一歩一歩上って来てくれたのだ。「夫は絵が好きでねえ。でも今は記憶が薄れてしまって、家に居るだけ。でも絵のことになると、少し興味があるようで…」と言う▼「それで、私が絵画展を見て、自分が気に入った絵を夫に話してあげたいの。この絵、私は好きだわ」。そう言って、ご婦人はその絵の前でしばし佇(たたず)んでいた。後ろ姿は、一点の絵を全身に吸収しようとしているかのようだった▼家に帰って、その絵のことを夫に話して聞かせるのだろうか。絵の作者はそれを知らない。しかし、どこかの誰かが自分の作品を見て、その印象を夫に話して聞かせる。それは画家冥利に尽きるのではないか。ご婦人の夫にとっては、形のない、しかしこの上ないお土産ではないだろうか。