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昨年3月11日の東日本大震災は、日本にとって歴史的に見て最大級の自然災害であり、悲劇である。マグニチュード9の巨大地震、これにより発生した巨大津波。追い打ちをかけて、日本が初めて経験するレベル7の原子力発電所の事故。収束へ向けての努力が続いているが神の領域≠ニされる原子力という性格上、果たしてこのまま確実に収束に向かうのかどうか、その確信はない。現在は勿論、今後に向けても深刻な状況は続くのである。誰もが想定し得なかった巨大地震、津波、原発事故。その3つの災害が一挙に日本列島を襲ったのだ▼当初、特に海外から言われた言葉は「日本はこの危機を切り抜けて、きっと立ちあがるだろう」だった。しかし当時の日本人の心には立ちあがれるかどうか≠ネど疑問視する意識は薄かっただろう。回復への道を着実に歩むこと│は、言うまでもない既定の事実だと思っていた。しかし時間を経て、瓦礫などの撤去がほとんど進んでいない状況、原発事故による広い範囲への放射線の拡大、未だ不安定な現場。いつ再度の巨大地震に追い打ちされるかどうかもわからない。そんな予想外の復興の遅れ、原発への不安などが重なり合って、今の日本人の心に本当に日本は立ちあがれるのかどうか。立ちあがることが出来ても、足腰の弱い日本になるのではないか≠ニいう思いが広がりつつある▼これらの不安定な思いは、何も今回の災害からのみ生み出されるのではない。世界の状況は、民衆の力で国の体制が転覆し、または国家の経済が立ち行かなくなり破綻するという、激変、大波乱の時代なのだ。イスラエルとパレスチナの長い間の憎悪と紛争は、時系列でみても悲劇的な状況を色濃くしている。両者の紛争の例は氷山の一角で、世界では紛争、内戦が後を絶たず、そこから発生する世界の難民は約1千万人にのぼっている。20世紀の前半は2つの世界大戦があり、これを「戦争の時代」と定義すれば、それ以降、これからの時代は「難民の時代」と予想される。それら紛争、内乱がいつ大規模な事態に陥るかどうか予測はつかない。世界は、人間の起こす地震≠ノ揺れ動き、それがいつ世界的な大地震に発展するのか、不安定な状況にある▼今まで、世界は上昇志向だった。先進国と位置付けされる国々が、良きにつけ悪しきにつけさらなる向上≠目指して近代化への歩みを進めて来た。しかし人類はある意味で、すでに歩みの先の頂上に達したと言って良い。その頂上が、目指した山の峰なのか、あるいは道を踏みちがえ別な峰に立っているのか、不確実な中に在るのも事実だ。そして、既に足元も、歩みの先も定かでなく、見えない先に不安を抱く時代になった。しかし人類に急制動は効かない。歩むうちに脇道にそれたことに気づきつつも、元へ戻れない状況の中で多くの矛盾が生まれ、それに苦しんでいるのが現状なのではないだろうか。いわゆる先進国は、足元に様々な形の石が現れることで歩き方が乱れ、発展途上国は先進国の乱調の影響を受ける。国民間に不満が蓄積し、それが、中東に広がった民主化の嵐に代表されるように、民衆の怒りが一気に爆発しているのが現状であろう▼アメリカもヨーロッパ諸国も、経済の後退は現在進行形だ。先進国が破たんする本格的な時代を迎えたのかも知れない。先進国の中で、最大の債務国であり、最も経済不安を抱えている日本が、それでも極端な円高になっている不思議な現象。それは、世界的な経済不安が成せる技で、それでも尚、対外債務比率が低い日本の安定を世界各国が漠然とながら、思い描いているからだ。それ程世界は不安定の中にある。そんな日本が、巨大地震、津波、そして原発事故の洗礼を受け、今後はその後始末という、最大の試練を受けることになる▼日本は、東日本大震災後、今までの『物余り』から、必然的に「供給の制約」に向かう。東日本の復興は日本が背負う絶対の条件だ。そのための巨額な投資が、その他の需要を削減させる。つまり、無理が通れば道理が引っ込むという現象だ。今まで当たり前のように回っていた周囲が、突然その動きを止め、供給制約が引き起こされる。日本国民は、何かにつけて耐えることを強いられるのである。戦後の、より良き明日を目指していた時は、物不足は明日へのエネルギーにさえなった。しかし、物質的な豊かさを味わってしまった日本人は、逆戻りする苦しさを、今後経験することになる▼世界の状況は、即日本に影響し、同時に北海道、オホーツク地域にも伝わる。世界は、どこに居ても、好むと好まざるに関わらず、互いに影響し合い、その波を受ける。この地球の人口は遂に70憶人を突破した。地球の温暖化、環境の悪化、水、食糧の不足、それらが人類全体に襲いかかり「供給制約」が地球全体を覆う。これからの時代が「供給制約」に向くのは自然の成り行きである。そんな中、我々にとっての一番の課題は「北海道は、そしてオホーツク地域はどう生きて行くのか」である。明確なのは、現在から近未来にかけて、北海道は間違いなく日本の中で重要な位置を占めることになる。そう遠いことではなく、一気に北海道、オホーツクへの期待は膨らんでゆくだろう。なぜなら、この地域は人類が欲しているものを豊富に有している地域だからだ。食、水、素晴らしい環境。地震、津波、台風など、自然災害の少ない地域。その地域こそ、これからの日本の宝となって行くだろう。それが北海道であり、さらに安全、安心な地域「オホーツク」である▼そのための時代の先取りが、今後の課題になって行く。これから人類が熱烈に必要とする物、エネルギー、食、水、安全などは、この地の天与の資源だ。しかし、それだけに頼っていても展望が開ける訳ではない。最大の課題は農・水産など一次産業をベースにした加工部門の充実、製品の他との差別化など、この地域の独自性が必要だ。さらに、地球の温暖化現象が進み、オホーツクでも稲作が盛んになる可能性もある。既に北海道米の「ゆめぴりか」がこしひかりを抜いて日本一おいしい米に選定されたことも、やがてオホーツクでの生産の夢を抱かせる。また産業面で、外国に生産基地を求めて来た日本の大手企業が、北海道に、そして安全な地域であるオホーツク地域に生産基地を移設することも現実的なことだ。かつて東京六本木に「東京紋別事務所」を設置して工業団地の誘致などに力を入れた政策が、今度こそ必要になってくるかも知れない。さらに太陽光、風力など新世代エネルギーの開発地として、北海道の他の地域と同様、オホーツク地域が基地化されることも考えられる。長期的ビジョンに立てば、北海道は間違いなく日本の夢地域になるだろう。既に世界はバラ色を追い求める時代ではなく、「抑制」の時代に入って行く。そんな時代にあって、北海道、オホーツクの存在は、日本人の生命線になって行くだろう。今はその過渡期。日本が北海道に頼る時期は、すぐ目の前にある▼東日本大震災は、事故を起こした福島第一原発が廃炉まで40年近くかかる│ことに代表されるように、復興には数十年はかかる。日本の本当の苦しみ、頑張り、忍耐はこれから長い時間をかけて続いて行く。まさに「供給の制約」が全ての面で現れてくる。従来の価値観を180度転換する必要が、全ての地域、日本人に求められる。「立ち上がれニッポン」というキャッチフレーズが震災後、日本中に広がった。そして、この大震災を境に、日本人の心に潜在的に存在する「苦難を越えて、明日の光」を求める力強さが戻ってきた。東北の被災地の子供たちの目の光に、それは現れている。家が流され、親兄弟を失うという「地獄」を見た子供たちが、他への感謝の心と未来への夢を持ち、力強く立ちあがっている。この震災が99パーセント負の遺産であることは間違いないが、日本人の心に「明日に向かって結束する力」が再生し、特に次代を担う子供たちの心に、未来へ向かう力強さが宿ったのは、ある意味で全ての負の遺産を凌駕する救いだったかも知れない。北海道、オホーツクは、今後さらに混乱の方向に向かう世界、そして復興への試練を迎える日本、その中でどのような貢献が出来るか、真剣に考え、今の時代、そして未来への道筋を見極め、前進して行かなければならない。