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デスク記事

2012/01/20

 山の緑と夕陽の赤が調和すると紫になり、夕陽の光を受けた川は明るくキラキラ輝く│と表現したのは、江戸時代の儒学者・詩人の頼山陽である。京都・鴨川のほとりに庵(いおり)を建て「山紫水明処」と名づけた。空気が澄み、美しい風景のことを「山紫水明」と表現するが、これが語源だと言われている▼16日、北見から帰って来る道すがら、湧別│コムケ湖の夕景は格別の趣を見せていた。山陰に沈む夕日が、東の空に広がる雪雲と、大地の雪原をピンク色に染め、周囲の立ち木の枝一本一本までクッキリと浮かびあがらせていた▼車を止め、しばし深呼吸。ピリッとした空気が身体の隅々まで沁み渡る。遠景も、かすむ事なく鮮明に目に映り、澄み渡った大気は全てを鮮明にする。改めて、この地域の自然の美しさ、純粋さに気づく▼紋別空港に降り立った旅行者は、先ず「空気が美味しい」と言う。それは、ここに住む私たちでさえ、旅行先から帰って来ると空気の美味しさ、大気の透明さを実感する。「我が故郷は山紫水明の地」という思いがするのである▼この日の自然は、さらに素晴らしいプレゼントをしてくれた。遠くの雪雲が、筋状に海に向かって下がって来たかと思うと、一気に分厚いカーテンのようになり、海に降りて来た。それを沈む太陽がピンク色に染め、道路と雪原と空を一つにしていった。昨今の新聞紙上で、国内外の都会でのスモッグ被害が報じられている。そんなことを思い浮かべながら、頼山陽がここに居たら何と表現するか、考えた。やはり「山紫水明の地」と言うのではないだろうか。