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明治の文豪・森鴎外は医師の家系、森家の長男として生まれた。森家では待望の長男の誕生で、「家系が続く」と大いに喜んだという。幼名は「林太郎」。妹の記すところでは「神棚に燈明かがやき、祖母は涙さえ落として喜び給う」となっている。家を興す期待をかけられ、その後医師として、文学者として歴史に名を残している。森鴎外は今月、島根県津和野に生誕した▼親は、その子の人生に大きな夢、期待を抱き名前をつける。「林太郎」とは、豊かな林のような、大きな人間になれ│と付けられたものという。しかし人生には予期せぬ色々なことが起きる。ドイツ留学中に一人の女性と知り合い、鴎外が帰国した後、その女性が東京まで追いかけてきた。森家は大変な混乱に陥ったが、そのことが後の小説「舞姫」につながる▼人生が順風満帆であるはずがない。大阪市で若い男女4人が、一人のネパール人男性に激しい暴行を加え、死亡させた。残忍な殺害方法だった。逮捕された4人の名前は「大樹」「弘昌」「訓子」「美代子」など、赤ちゃんが生まれた時に、親が喜びいっぱいにつけた名前だ。大きな樹になるように、いつまでも心の美しい女性であるように、そんな祈りが込められている▼一生を送るなかで、苦しさも失敗もあるだろう。しかし間違っても自分の一生を否定する行為を犯してはならない。それ以上に、他の生命に立ち入ることは出来ない。犯した罪の重さを、後になって気づいても遅い。瞬時の過ちが、全てを消し去る一生分の過ちとなる。このネパール人の親も、祈りの中で名前をつけたはずだ。