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北方圏国際シンポジウムの開会式の後、元STVアナウンサーの喜瀬ひろし氏の「声は人なり」の特別講演があった。その中で「人を思いやったら言葉を選ぶ」と言う表現があった。「人を大切にしようとしたら、その人のために言葉を選ぶでしょ」と。その言葉に私はハッ≠ニした。最近、心の中で行ったり来たりしている、ひとつの事。それは兄に電話をし、どんな言葉をかけるかである▼4つ違いの兄とは、私が5歳の時別れ別れになった。戦後間もない長野県岡谷市で、結核で入院していた父の治療費を稼ぐため、母は遠くへ出稼ぎに出た。小学3年生の兄は、父の実家の大津市の農家に移り、そこから学校へ通うことになった。兄は別れる時「いいか、俺たち兄弟は自分の責任で生きて行くんだ。これからずっと、何があっても、他に頼るな。俺たちの間も、そうだ」と▼それは、兄の私への叱咤激励であり、弟を思う優しさだったと思う。その兄が妻を早くに失い、現在は一人の生活。そして数年前からガンを患い、昨年秋の電話では「体中が痛い。食欲もない」と、それでも明るい声で「心配は御無用。それぞれの人生だ」と言っていた▼以降、兄がどうなっているか、それを知りたい。しかし兄は不自由なことがあっても、決して私に助力は求めない。それは幼年時代からの約束事だ。でも2人きりの兄弟。今の状況を知りたい。しかし何かを知っても、私のすることは何もないだろう。淡々として、それぞれの宿命に従うまで。「どうしてる?」の声すらかけるのをためらってしまう。言葉を選んでも、それは出てこない。