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2年前、インドネシアの小さな村を訪ねた時、その村の最大の問題は「水」だった。各家庭にある深さ5メートルほどの浅い井戸。年々水位が下がって、私が訪問した時は井戸の底に僅かな水が溜まっているだけだった。その水を掬(すく)い上げると、灰色に濁っていて、石油が浮いていた▼村の人達は言う。「ここに医者は要らない。きれいな水さえあれば、病気になんかならない」と。周辺の樹木は、本来なら緑の葉が生い茂っているのに、雨も降らないため枯れてしまった樹もある。バナナの樹でさえ、今にも倒れそうだった▼地球上、日本ほど水に恵まれている国は少ない。反対に、安全な水を求められる国は極く僅かだ。特に発展途上国に至っては、水が健康のカギを握っている。そんな地域に行って「大きなマチまでは遠いようですが、病気になったらどうするのですか。緊急を要する病状の時は、どうしますか?」の質問は無意味だ▼彼等は私の質問に怪訝(けげん)な顔をして、こう言った。「重い病気になれば死は目の前。私達はそういう生活をしてきた。勿論、病院に行ければ良いけれど、それは望めないこと。今までズーッとそうだったから」と▼幼児期の死亡が非常に多く、この村の平均寿命は極端に低い。そんな人達にとって「食の安全」とか「医療問題」などは、決して身近な問題にはなっていない。猛毒のヒ素が入っているかも知れない水でさえ、なかなか手に入らないのである▼日本では、中国産冷凍ギョウザを始め、メラミンの混入など、昨今の日本では食の危機感が強い。しかし、生涯かかって医者にかかることのない人、安全な食糧を求める環境にない人が、地球上にはまだまだ多いことも心に留め置く必要がある。