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デスク記事

2012/03/31

 日本が世界に誇る物作りの技術は、特に精密な分野で発揮される。その代表的な製品に、時計とカメラがある。そして、その技術はほんの一握りの職人さんの手に依るものだ▼フィルム・カメラのニコンS3は、今から55年前に誕生した。写真愛好家憧れのカメラだった。やがて生産が中止されたが、2000年、記念として復刻版を作ることになった。その間の技術革新で、復刻版は簡単に完成すると思われた▼ところが最終段階の、シャッター幕を作る段階で、どうしても当時のような正確なシャッター幕が作れない。特に幕の糊(のり)付けで作業は止まった。このままでは製品が出来ない。糊付けは、当時は人の手で行われていた▼そこで当時の女子職員を捜し、1人の高齢のご婦人が工場に呼ばれた。体調をこわし、手の震えが止まらない。ところが糊付けの時だけ、手の震えが止まり、見事なシャッター幕が完成した。ニコンの水戸工場に歓声が沸いたという▼約50年前から、高級腕時計の代名詞となっている「グランドセイコー」は、20万円から300万円もする。時計としての機能を追求し、最高の実用性に徹している。時間を見やすくするため針を太くするが、このため駆動部に負担がかかり、精度を出すのが難しい▼その困難な作業を行っているのは、岩手県雫石の伊藤努さんら数人。振り子の役目をする「テンプ」は細い渦巻き状の部品。それを指先の感覚で調整しなければならない。伊藤さんの手が入った瞬間、機械式時計に魂が宿る。「日本の誇り」は、実は僅かな職人の奇跡的な技術で維持されているのだ。