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デスク記事

2012/04/27

 「町のはずれの道具屋に古いオルガン置いてある
 ある日主人が弾いていた流れる歌の指先を
 ひとり見ている女の子」
 いつ、どこで聴いたのか、どうして覚えているのか分からないけれど、歌詞も曲も覚えている。時には、気がついたときに口ずさんでいる自分に気づく▼歌詞は3番まであって、ガラス戸越しに顔を寄せ、オルガンに視線を注いでいる女の子は、きっと、このオルガンを弾いている自分の姿を想像しているのだろう。歌詞の中に、「母親つれてささやいてじっと見ている女の子」というのがある▼世界的なサックスの名手「サムテーラー」が、かつて紋別の市民会館で演奏したことがある。今思えば、それは奇跡に近い信じがたいことである。「ザ・マン」=男の中の男=という愛称を持つ、伝説のサックス奏者である▼紋別の舞台で、彼は「私も楽器が欲しくて。でも貧乏なため買えず、楽器屋さんのウインドウからいつもため息をついて眺めていたのさ」と語っていた。そんな少年がサックスに夢を馳せ、世界の頂点にたったのだ▼先日のテレビで、津波でなぎ倒された樹木で製作したバイオリンが紹介された。美しい、静かな音色は聴く人の心を打った。津波で命を失った人、行方不明の人達と同じく、瓦礫と化した樹木は、形を変え再び生命を得たのだ。犠牲者も、仮設住宅で辛抱する人たちも、このバイオリンに自己の命を投影するのではないだろうか。少女が見ていたガラス戸越しのオルガンのように、憧れと希望が、このバイオリンにはある。