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アメリカ大陸西海岸のシアトルから東海岸のニューヨークへ。アメリカンリーグ最下位の球団から最上位の球団へ。退団と入団を同時に行い、即試合に出てヒットを放つ。まさに瞬間移動のスピード劇だった。そして記者会見で11年いたシアトルマリナーズを去る涙を浮かべ、そのすぐ後の入団会見では、別人のように鋭い視線で、闘志をみなぎらせていた▼イチローは天才と言われ、野球に徹した強固な意志を持つことを、誰もが疑わない。しかしNHKのアナウンサーで義姉の福島敦子さんは言う。「彼は天才と言うより努力の人。四六時中野球のことを考え、ソファに座っている時でも身体を動かしている。彼のバットは血染めです」と▼決別と新しい選択の決断、そして自己には更なる試練を課し、その先にはヤンキースでのメジャー優勝を見据えている。これ程重大な決断を、バットを一振りするような素早さで行うイチローという人物。その潔(いさぎよ)さとスピードは爽快であり、心からの拍手を送りたい▼すでに38歳。ヤンキースでの初打席でヒットを放ち、帽子をとって観客に挨拶をするイチローに白髪が目立つ。一般的には、一線での野球人生は、そう長くはない。しかしイチローはプレーヤーとして長期的な先を見据えている▼年間200本安打を10年続け、それが昨年で途絶えた。今年は初めてオールスターに選出されなかった。しかしイチローは、自己にトップであり続けることを課している。今まで以上の努力が要求される。その厳しさを、彼は誰より知っている。新しいイチローの始まりだ。