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デスク記事

2012/08/11

 明治の小説家・夏目漱石の「夢十戒」は、漱石自身が見た十の夢の話である。その中の第七話は人間が何か行動を起こすとき、よく陥(おちい)りやすい現象を示唆している▼一人の男が大きな船に乗り、どこかへ運ばれてゆく。行き先が分からないので船頭に聞く。しかし船頭は教えてくれない。男は次第に不安になりこのままではダメだ≠ニ船を去る決心をし、海に飛び込む▼しかし足が甲板を離れた瞬間、男は「しまった。よせば良かった」と思う。「どこへ行くか分からなくても、そのまま乗っていた方が良かった」と思うが、時すでに遅し。身体は真っ逆さまに海に落ちてゆく。後悔と恐怖が男を襲った▼私たちの今までの人生の中にも、大なり小なり、これに類することが有ったと思われる。大きくは人生の岐路(きろ)に立った時、あるいは日常生活の中でどっちにしようか≠ネどと迷いエイヤ≠ニ一方を選ぶ時。その瞬間違ったかな≠ニ頭をよぎる事がある▼どこか似たような集団が、今の日本に存在する。共に手を携え選挙に勝利し、「これから国民のための政治が始まる」と豪語した民主党。四散し始め「この船に乗っているより、海に飛び込み、泳いで島を目指そう」「あっちに見える別な船の方が良いみたい」など…▼それまで、いがみ合っていた船同士が、自力航行出来なくなって、心を隠しながら偽りの手を携える。目の前の波を越えられても、次々現れる波を越えるのは、欺瞞(ぎまん)に満ちた船では無理なこと。とは言え、乗客(国民)こそ行き先不明の船に乗る不安が付きまとう。