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何のコマーシャルなのか、何を表現しようとしているのか、分からないTVコマーシャルが多い。見る人に意外性を感じさせるためか、刺激的な映像を見せて、視聴者の興味を喚起しようとしている。その結果意味不明の、見苦しい作品がお茶の間に飛び込んでくる▼この傾向は最近特に目立っているように思われる。以前のTVコマーシャルの中には、視聴者がそれを見たくてCMタイムを待っているような作品≠熨スかった。30秒の映像、言葉の中に、深い味わいがあり、余韻すら残るものもあった。そんなCMに、最近はお目にかかれない▼日本に来る外国人が何故?と不思議に思うことのひとつがテレビのCMだという。「慎み深い日本人の作品としては、品がなさ過ぎる」「どうしてこんなに騒々しいのか」「何のコマーシャルか分からない。宣伝効果があるとは、とても思えない」と言う人も多い▼ドラマやドキュメントものなど、話の筋や映像が最高に盛り上がった時にCMに切り替わるのは、CMの効果を上げるどころか、ストーリーを台無しにしてしまう。連続しなければならない場面でも突然CMになり、その不連続は見る側の気持ちを萎(な)えさせる▼それまでの音より数段高いCMの音。あわててボリュームを下げる人も多いだろう。騒音と無機質な映像は心に残るどころか、苦々しい思いの方が多く残る。それらの手法は、作製側の思考が底をついた印象を与える。どぎつい表現、無理した意表を突く映像、時には子供達に見せたくないものなど。製作者がそれらの表現に頼っているとしたらCMは一瞬の芸術≠ニいう誇りを失うことになる。短い時間だからこそ、人の心に訴えるものがあるはずだ。心待ちにするCMを作って欲しいものだ。