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風紋記事

2013/08/25

 人生は幻だとか、人生はひと時の夢であるとかよく言われる。「一切は空である」などと説く仏教の解説書もある。人生なんて死んでしまえばそれまでよと思えば、理解できないでもない。しかし凡人には、すとんと腑に落ちないのも確かだ▽インドの聖者の一人、パラマハンサ・ヨガナンダ(1893│1952)は人生は幻であり、我々が見、聞き、感じている世界は単なる虚像にすぎない、と言う。比喩的な人生訓としてではなく文字通り、それがこの苦悩に満ちた世界の正体だと説いた。彼の自伝「あるヨギの自叙伝」のクライマックスで、若き修業者ヨガナンダがその仕組みの秘密についに到達するシーンがある。この世のすべては映写機からスクリーンに投影される幻だった。死んだ恩師が蘇り、宇宙の真理について語り始める。知る限り、どんな哲学書よりも、どんな宗教書よりも、世界が幻であることを鮮やかなイメージで提示した▽一昨年亡くなった米アップル社の創業者スティーブ・ジョブスが生涯、繰り返し読んだ座右の書として、再び注目され読者層を広げているらしい。最先端のITと精神世界。常識という幻影を嗤(わら)いつつ、その幻影と戯れ、幻影を凌駕していく、自由な発想が両者の共通項だろうか▽この人生が本当に幻かどうか凡人には分からないにしても日常、当たり前と思っているルールや流儀が幻想にすぎないかどうか一度見つめ直すことくらいならできる。いいと思っている自分流のやり方。それは本当に必要なのか。検証することで新しい可能性が現れるかもしれない。(桑原)