風紋記事
テレビのバラエティで、若い女性タレントが、あるお笑い芸人とトーク番組で隣の席になった時のことを話していた。女性曰く「その芸人さん、話す時の唾(つば)がすごくて、隣にいる私の顔にかかるんです。もう化粧が落ちるかと思いました」。司会のさんまがすかさず注意した。「トーク番組で『〜かと思いました』はやめてくれ。唾で化粧が落ちました、と言え」▼小説家・車谷長吉は、創作のコツについて同じことを言っている。小説は虚と実の狭間に成立する、と。車谷はその私小説で、自身の曽祖父の若い頃の苦労を書いた。親から家を出された曽祖父は、背負った炭俵の炭をかじって飢えをしのいだ…。のちにエッセイで車谷が明かしたが、実際は炭などかじっていない。しかし、このほうが伝わるのだ、と。さんまも車谷も、事実よりも真実を伝えることに、こだわったのである▼最近「話を盛る」という表現もよく聞く。物事を大げさに言うことだが、自分の失敗談など害のない話は、少し盛ったくらいのほうが確かに面白い。だが話を盛ることは、話をつくり変えるのは違う。盛るほうは、それによって、話本来の持ち味や面白さが増し、より真実に近づくのである。つくり変えるほうは話の意味が違ってくるし、虚偽にさえなる。笑いや小説のプロは、盛り方のさじ加減が上手いのだ▼流氷観光シーズンももうすぐだ。紋別市の観光ピーアールも少し話を盛ったぐらいがちょうどいいかもしれない。やりすぎると偽装表示になるが、あくまでシャレと分かる範囲でなら、ひと盛り冒険してもいいだろう。(桑原)