←前へ ↑一覧へ 次へ→

風紋記事

2014/03/23

 「僕みたいな男と結婚してくれるような女性とは結婚したくない」と言ったのは俳優のウッデイ・アレンだったと記憶する。相当ひねくれているが、人間はみな大なり小なり、こういう一面を持っている▼あれほど欲しかった高級なバッグやジャケットも、手に入れた瞬間に輝きを失ってしまう。アレン流に言い直せば「手に入るものは、手に入れたくない」のだろう▼これは矛盾である。数学や形式論理学では矛盾は『偽』であるとされるが、人生では『真』である▼矛盾とは、ひとつの物事のなかに相対立した2つのものが同時に存在することである。欲しいが、なかなか手に入らない高級なバッグという「事物」のなかには「手に入らないもの」と「手に入れたいもの」という矛盾が存在する。それがプラスとマイナスの両極に分かれて反発し合いながら引きつけ合い、人の欲望を刺激するエネルギーを生み出している▼そして手に入らないはずのバッグを手に入れた瞬間、対立する矛盾の「一方の項」が消え去ったのだから、矛盾も欲望のエネルギーも存在しなくなる。それは生気の失せた、ただの「もの」になり下がる▼矛盾は仕事でも、人間関係でも、家庭でもどこにも存在している。矛盾がもたらす葛藤は、人生をいきいきさせるエネルギーの元である。そう思えば、この矛盾だらけの世の中を生きるのに少し気が楽になるか▼古代ギリシャの哲学者たちは「万物の王は闘争である」とか「万物は流転する」とか言った。それはまだ幼稚な表現ではあるが、矛盾が社会の原動力であることを見抜いていたのだろう。(桑原)