風紋記事
「ふぞろいの林檎たち」などで知られる脚本家・山田太一はエッセイの名手でもある。うろ覚えだが、こんな体験を書いていたと記憶する▼近所に小学校が新設され、山田が校歌を作詞した縁で運動会に来ひんとして招かれた。本部席に座らされたが案の定、退屈である。自分の子がいるなら別だが、他人の子の運動会を見て面白いわけがない。しばらくすると雨が降り出した。このまま中止にするか、雨が止むのを待つか先生方の協議が続いた。雨はもう豪雨といっていいレベルになってきた。校長が決然と言った。「よしクラス対抗リレーだけやって終わろう」▼前も見えないほどの雨のなかリレーが始まる。父母らが固唾を飲む。もうすでにずぶ濡れになっている子らが、泥水を跳ね上げて駆け出した。転倒する子も次々出る。皆立ち上がり、バトンを持ち直して泥まみれで走る。山田は身を乗り出して声援する自分に気づきハッとする。あの退屈だった運動会がドラマに変わった。父母席を見ると、涙ぐんでいる親もいた…▼映画でも雨はドラマを生む。黒澤明監督の「七人の侍」で最後に行われる戦闘。小津安二郎監督の「浮草」で中村鴈治郎と京マチ子が罵倒しあうシーン。雨があったればこそだ▼しかしこの運動会で一番感動的なのは雨の中を走る子らの姿よりも、校長の判断である。中止でも延期でもなく、対抗リレーだけやって参加者の心をまとめあげた。とっさに機転を利かせたのだろうが、豪雨の中のリレーは賭けでもあったはずだ。これが責任者の決断、そして覚悟というものだろう。(桑原)