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風紋記事

2014/05/08

 かつて「少年マガジン」など漫画雑誌の巻頭口絵によく図解特集が載っていた。例えば「21世紀はこうなる!」。未来社会は機械やロボットが仕事も家事も全部してくれるので、人は毎日家でのんびり暮らしている、と紹介されていた▼確かにその後、パソコンや携帯電話、掃除ロボさえ登場した。しかし人々は前より忙しくなっている。貧困の拡大、ストレス社会、自殺者の増加…▼自由競争の社会では、新しい技術が開発されれば、さらにその上が求められる。勝ち残った者による一極支配が加速度的に進み、敗者は去る。漫画雑誌の予想は技術に関しては結構当たったが、暮らしに関しては全く外れた▼万能細胞の研究が進化し続けている今、人類の夢だった病気の根絶、不老不死さえも夢ではなくなった。だがもし実現したらどうなる▼死ななければ、死後の世界も神や宗教も、倫理観もなくなる。人は、いずれ死ぬと分かっているからこそ、いかに生きるべきかと悩み、目標を立てるが、もうその必要はない▼人は無目標、無気力、無倫理になる。死なないと分かれば一期一会の出会いも、豪華な食事も、すべてが気の遠くなるほど永遠に繰り返される退屈な体験だ▼不老不死によって手に入れた永遠は、実は時間の停止を意味し、人類の「歴史」もそこで終わる▼ゲーテ「ファウスト」の研究でも知られるドイツ語学者・関口存男は、地獄とは「永久に同じことを無駄に繰り返すこと」とした。とすれば不老不死を射程に収めた人類は、期待に胸を躍らせながら地獄に向かって突き進んでいるのかもしれない。(桑原)