風紋記事
中学時代、音楽雑誌でボブ・ディランという歌手が神様のように扱われていた。試しに「アイ・シャルビー・リリースト」というシングル盤を買ってみた。さして上手くもないギターの弾き語り。陰気なダミ声で、ぶつぶつと念仏のように歌う。買ったことを後悔したが、無理して30回くらい聞いたら少し味が出てきた。それでもよく分からない。ピンク・フロイドやレッド・ツエッペリンが好きな友人に聞かせると「なんじゃこりゃ」と首を傾げる。そう、ディランを初めて聞いた者は皆、例外なく変な顔をする。一発で好きになったという奴に会ったことがない▼ディランはノーベル文学賞の候補になるくらいだから歌詞が素晴らしいそうだが、その良さを味わえるほど英語力はない。20代の頃、武道館のコンサートに行った覚えはあるが、やっぱりつまらなかった▼ところが最近、ディランがよくなってきた。陰気な声がいいし、ぶっきらぼうな歌い方がいい。時おり素っ頓狂に叫ぶところがいい。歌い方が個性的すぎて何を歌っても同じように聞こえるが、実は曲(メロディ)そのものがいいことにも気づいた▼ディランの作品は、茶器の名品に似ている。利休が好んだ黒楽茶碗ではないが、ディランの陰鬱な声は色でいえばまさに黒。地味だが、あらゆる色が詰まっている。そして崩しに崩した歌い方は織部焼の、ひしゃげた形とそっくりだ。とすればディランの魅力は「わび」「さび」にあると言えなくもない。ビートルズやローリング・ストーンズより、ずっと日本人の感性に合う音楽ではあるまいか。(桑原)