風紋記事
憧れのヒーローは誰かと聞かれれば、上田馬之助と答える。金髪のまだら狼と言われた悪役レスラー。悪の限りを尽くし、形勢が悪くなるとすたこら逃げる。素人ファンは上田に罵声を浴びせたが、通(つう)はしびれっぱなしだった。上田には悪役レスラーに求められる三要素、即ち非道さ、やられっぷりのよさ、そしてガチンコの強さが揃っていた▼上田は、馬場や猪木にやや遅れて日本プロレスに入った。スパーリングをすれば若手一の強さである。馬場などひとひねりだったという。顔もファイトも地味でスター路線からは外された▼海外に活路を求めた上田は金髪に染め、顔をしかめて悪相をつくる。ならず者だらけのアメリカ・マットでのしあがった。金に汚く仲間内で嫌われていた、あるレスラーを上田はリング上で制裁する。得意の関節技で腕をへし折った。2箇所も。観客は静まり返った。レスラー達は上田を尊敬した。若い頃のスタン・ハンセンも上田について回り、面倒を見てもらった一人である▼日本に戻っても悪を売りにするが、会社の方針でタイガー・ジェットシンの引き立て役にさせられた。稀に実力の片鱗を見せることはあっても、普段は竹内を振り回したり、栓抜きでこづいたりするばかりである▼人が一流になるためには、あれもこれもと可能性ばかり追うのではなく、自分のあり方を一点に限定することだ、と説いたのはゲーテだったか。上田は実力を封印し自己を限定した。非道の道を外れることはなかったのである▼上田は巡業先へバスで移動中に交通事故に遭い、半身不随となる。平成23年に亡くなった。(桑原)