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風紋記事

2014/07/12

 失われた古代の英知を探し求める話はエンタテインメントの定番だ。映画「インディ・ジョーンズ」シリーズしかり、ダン・ブラウンの歴史ミステリー小説しかり。古代中国の老荘思想と現代の量子物理学に共通点を見る「タオ自然学」とか、その手の本も腐るほど出版されてきた。だが、古代の英知はなぜ隠され続けなければならないのか▼アルメニア出身の神秘思想家グルジェフは答える。「減るからだ」。最初に本で読んだ時のけぞった。グルジェフ曰く「真の智恵というものは、石油や石炭と同じで埋蔵されているものを使えば減ってなくなる。だから今も隠されているのだ」▼科学知識をはじめ一般に智恵というものは、使えば使うほど深まり豊かになる。「智恵が減る」なんて聞いたことがない▼先日、NHKテレビの素人向けクラシック番組でR・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」がいかに凄い曲であるかを、ある女性作曲家が解説していた▼女性はピアノを弾きながら、臨界点を突き抜けた先に広がる、見たこともないパノラマの情景がいかに音楽としてうまく表現されているかを解説した▼曲の冒頭部分は映画「2001年宇宙の旅」で使われて以来、広く大衆化した。天才シュトラウスの表現は繰り返し人々に消費され、今ではありきたりのBGMに成り下がった。その価値は確かにすり減った▼失われた古代の智恵が、減らないように今もどこかに隠されているとすれば、それはいつか来る、本当に使うべき時のために備えてのことだろう。それはいつなのか。自分が生きている間であってほしい。(桑原)