風紋記事
寺山修司と山田太一は大学時代、毎日会っているのに、それでも飽き足らず文通するほどの親友だった。2人は別々の道を歩む。寺山は前衛的な短歌や演劇で一躍時代の寵児となった。山田は長い下積みを経て、ホームドラマの脚本でじわじわと有名になる▼会うのが間遠になっていた2人が本格的に再会するのは、寺山に死が迫った頃である。深刻な病気で先がないことを悟った寺山は、山田にしきりに電話をかけ、会いたいと言う。山田の家を訪れた寺山は言う。「本棚を見せろ」。寺山は一冊一冊ていねいに目でたどり「ミシェル・フーコーは読んだか? ジャック・ラカンはどうだ」と問いかける…(山田太一「路上のボールペン」)▼本棚は、その人の生き方を示すカタログである。それはまた、その人が夢見はしたが実現できなかったことも映し出す。大枚をはたいて買ったが、未だに開いていない文学全集、行ってみたいと憧れたが行けなかったインドの旅行ガイド。本棚は見栄や挫折や悔悟の履歴でもある▼紋別市立図書館友の会の研修旅行で幕別町立図書館を訪れた。図書館を情報の編集・発信基地として機能させる先進的な取り組みを行っている。職員がまちの人たちの家を訪ね、どんな本棚か取材してホームページに掲載している。いい企画だ。本を通じて、その人の生き方はもちろん、まちの個性が伝わってくる▼いや逆に、特定の人の体験や思いを通じてこそ書物の価値が見えてくるのかもしれない。どちらが主か従かは決められない。本は人生の伴侶であり、同時に人生のほうが本の伴侶だ、とも言えるのである。(桑原)