風紋記事
紋別市で開催された北海道演劇祭。11日、地元の劇団海鳴りの「望洋」を観た。船上でカニの缶詰をつくる蟹工船の開発者で、後に紋別市の水産加工業界の大物になる松崎隆一を描いた▼松崎は大正15年、蟹工船の経営陣の一人として船に乗り、労働者に対する虐待で罰金刑を受ける。その事件は小林多喜二の小説「蟹工船」のモデルになった。小説の通りとすれば、その労働環境は地獄であり、経営陣は悪魔だ▼だが紋別市での松崎は温厚な人格者で、従業員思いの経営者だったと伝えられる。そのギャップをどう埋めるか。舞台のラストシーン。実人生では交わりあうことのなかった松崎と多喜二が天国で会話する▼立場が正反対の2人が理解し合うことはない。だが勃興期の資本主義社会で、労使ともに豊かな社会を目指して必死に働いていたことは認め合う。それぞれが歴史の歯車として、作用と反作用をぶつけ合い、今の日本を築いた。斎藤望氏の原作をもとにした五十嵐陽子氏の脚本は、演劇ならではの想像力で2人の魂を響き合わせた▼歴史の使命を終えた蟹工船だが、宇佐美昇三氏のルポ「蟹工船興亡史」によれば近年、東日本大震災の教訓から災害時に缶詰などを供給する支援船として復活できないか検討されているという。かつての地獄船が救済船に生まれ変わって海を駆ける▼歴史は一度、否定したものを再否定し元に戻す。元に戻った時、本来もっていた意義がより顕在化する、としたのはマルクス主義の弁証法である。被災地に食料を届ける21世紀の蟹工船を見たら多喜二はどんな顔をするだろうか。(桑原)