風紋記事
北方圏国際シンポジウムの公開講座「氷海の民」で北海道立アイヌ総合センターの学芸員・津田命子さんの講演を聞いた。アイヌの人たちは作業の傍らで子どもを昼寝させる時は、子どもの回りを縄で囲むと魔物が入り込まないと信じているという。いわゆる結界信仰である。アイヌ文化研究家・萱野茂さんの指摘だそうだ▼結界とは大切なものを中に封じ込めたり、外から異物が入り込まないようにする仕切りらしい▼西アジア・アルメニアの、ある地方の子どもたちは自分たちの回りの地面に、棒などで円を描かれると閉じ込められたように外へ出られなくなるという。アルメニア出身の神秘思想家グルジェフがそんな自身の見聞を回想している(『注目すべき人々との出会い』より)▼それが真実かどうかは別として、人は様々な「囲い」という結界の中で生きていることは確かだ。家族、学校、会社、サークルなどの結界である。その「囲い」は外から異物が侵入するのを守る安全地帯だが、同時に外へ出られないようにする牢獄でもある。破るのは大変だ。人は他人との何らかの関係を解消しようとする時、それまでの「しがらみ」の抵抗が大きいことに驚く。我々は催眠術のように結界の魔法にかかっているのかもしれない▼結界は自己のアイデンティティを守る砦であると同時に、自己の限界を形づくる制限でもある。結界を飛び出せば、人は一瞬自由になるが、安心な砦を求めてまた別の結界の中へ向かう。向こう側を夢見ながら決して到達できないこと、それが生の意味だと結界は教えているのかもしれない。(桑原)