風紋記事
もう30年くらい前、当時一世を風靡した覆面レスラーを取材したことがある。ショー的なプロレスに嫌気がさしマスクを捨てた彼は、東京の下町に小さな道場を構え、真剣勝負の格闘技を始めようとしていた▼道場を訪れると当時最新だった東芝のワープロ機で、新格闘技のルールをつくっていた。格闘技の未来について能弁に話す一方「プロレスなんて馬鹿馬鹿しい」と言い放つ。批判はかつての師匠にも及んだ。「あの人のコブラツイストも卍固めも実際は全然効きません」▼それでもプロレスはやっぱり面白いと思う。プロレスはつくりものの世界だが、いや、だからこそ我々の人生とよく似ているからだ▼プロレスでは相手の技は受けなければいけないが、我々もまた得意先や上司に愛想笑いをし、相手の発したジョークがつまらなくても受けてあげる。時に突っ込むこともあるが、それも許される範囲内である。真剣勝負は勝ち負けが全てだが、プロレスは勝ち負けよりも、いかに息のあった掛け合いを生み出すかが重要だ。我々の日々の人生もまた勝ち負けよりも、人との付き合いをどう転がしていくかが問題なのである。大体、嫌いな相手とことごとく、真正面からいがみ合っていては生きづらくてしょうがない▼さて、あれだけプロレスを嫌っていた元レスラーだが、なぜかその後また覆面を被りプロレスのリングに上がった。師匠の引退興行のシリーズでは対戦相手の1人を務めた。彼は師匠の技をきちんと受けてみせた。最後に師匠がコブラツイストでねじ上げると、身悶えしながらギブアップした。(桑原)