←前へ ↑一覧へ 次へ→

風紋記事

2015/07/30

 文章を書くことは特別な才能だと思われていた時代があった。今はブログなどで皆が気軽に文を発信している。音楽や美術は基礎技能がないと表現者になれないが、文章なら誰でも書ける▼出版界では本、特に小説が売れなくなっているが、逆に小説や自伝を書きたがる素人は増えているそうだ。そこに目をつけたのが「あなたも本を出しませんか」商法。自費出版の一種だが表向きは出版社が出したことにして全国の書店に配本する。名もない素人の本が売れるわけもなく、書店は短期間並べて返品する。だが書き手はいっぱしの作家になったと思う。書き手は費用として相場以上の額を負担させられる。出版社は売れない本を出せば出すほど儲かる。百田尚樹氏の小説「夢を売る男」で内幕が描かれている▼小説中のセリフによれば出版社の本音は殆どが「クズ作品」だ。だが作者に対しては「あなたは天才だ」と持ち上げ契約させる。自己顕示欲が強い人々の心理を逆手にとって見事商売にしている▼個性はかけがえがないという「ゆとり教育」の理念が浸透したせいか、現代人の多くは自分は才能があると信じている。皆が「オレ様」で、世界でたったひとつの花なのだ▼ただ、小説でひっかかった箇所がある。編集者らが内輪で話す場面。「今時、小説なんて誰が読むか。字ばっかりの本より、映画やゲームの方が格段に面白い」とうそぶき合う。確かにそうだとも思う。だが、百田氏をはじめひと握りの作家の小説は痺れるほど面白い。心の内奥にじかに迫ることに関しては、映画やゲームより小説の方が上だと思う。(桑原)