風紋記事
人は頑張ろうとする時「限界に挑戦する」などと簡単に言う。だが限界までやる、とはどういうことか▼数学者で、武術家の木村達雄氏はその著書「合気修得への道」で高校3年の夏休みに、苦手な英単語の暗記で限界に挑戦した時の思い出を綴っている▼一体、1日に何時間勉強すれば自分の限界までやったと言えるのか。木村青年は試してみることにした。すると15時間36分40秒が限界だと分かった。なぜなら、その時間を1秒でも過ぎると、翌日に疲れが残り勉強に支障がでる。ところが15時間36分40秒以内なら翌日も安定して勉強を続けられる。人それぞれだろうが、自分の限界は分かった。夏休み中の30日間の特訓で木村青年は、入試への恐れがなくなった。なぜなら、たとえ失敗しても、限界までやりきったという自信を得たからだ。木村青年は東大に合格した▼数学者らしく数字へのこだわりが凄まじいが、常識的に考えれば非科学的な考え方でもある。人は日々、体調も気分も変化する。15時間36分40秒が、いつもその人の限界だとは限らないではないか▼だがそれは凡人の考えなのだろう。後年、木村氏が師事することになる大東流合気柔術の達人で湧別町出身の佐川幸義氏は修業の心得として「二日酔いだろうとやると決めたらしっかりやる」ことを説き「自分の身体を心配したらもうだめだね」と言っている。本当に限界に挑戦する人は風邪をひこうが二日酔いだろうが、そんな些事に左右されないというのである。こういう話を読むと、限界まで努力したなどと気安く言えない気分になる。(桑原)