←前へ ↑一覧へ 次へ→

風紋記事

2016/03/29

 中條かな子というタレントが随分前にテレビで披露した体験談が脳裏に焼き付いている▼小学校の時、林間学校で旧陸軍の毒ガス工場があった島に行ったという。キャンプファイアーをしていると、暗闇からスーハーと音がする。見るとガスマスクを被った旧日本兵が立っていた…。ここまでは平凡な怪談だ▼林間学校が終わったある日、下校の途中、公園を通りかかると目の前に1枚の写真らしきものが落ちていた。裏返っていて白地が見えるばかりである。拾い上げてみた。そこにはガスマスクを被った日本兵の顔のどアップが、写っていた…。これはいい。写真がいつ撮られ、なぜそこにあるのか皆目、分からないのがいい▼下らない怪談は、成仏できなかった死者の怨念が、誰かに憑りつくなどと言う。怨念だろうが「たたり」だろうが、何かの作用因が結果を引き起こすという因果律で説明しているから、見かけは非科学的な怪異譚であっても、実体は科学的な常識譚でしかない。中條の話は因果律を超えた無茶苦茶な世界で、素晴らしく非科学的だ▼だが我々はそんな世界を想像できるか。睡眠時の夢が近いかもしれない。空を自由に飛び、死んだ友と酒を酌み交わしている▼思想家エンゲルスは人間の脳が進化して論理的な思考法を身につけ、様々な自然法則を発見してきたことの不思議さに言及し、自然の一員として自然と共に発展してきた脳は、無意識的に自然の構造を正しく反映して考えるからだと言った。ならば脳が産む夢も、どこかに存在する因果律を超えた世界を予言的に映し出しているとはいえないか。(桑原)